航空機部品へ参入、柔軟で小回りのきくシステムの開発へ
由紀精密編 その1
精密コマに賭けた思い1
第一回製造業コマ大戦で全国制覇
喧嘩ゴマを通じて製造業を盛り上げることを目的とした、第一回製造業コマ大戦(2013 年2月開催)は、下馬評どおり由紀精密が全国制覇を達成した(図1)。直径20mm、高さ30mm のコマに賭ける常務取締役の大坪正人(写真1)の思いには、競技の勝ち負けを超えて、中小製造業の危機感と、明日に対する強い決意が込められていた。
このコマ大戦のきっかけとなったのは、同社が2011 年に単独出展したパリ航空ショーで来場者に無料で配布したノベルティーであった(図2)。日本の加工技術の高さを欧州のメーカーにPR するとともに、日本という国をより理解してもらうため、このコマを500 個用意して配布したのだ。このコマが、現在の欧米メーカー数社との直接取引につながり、そして、日本国内で苦戦していた多くの中小製造業のモノづくりの魂にも火をつけることとなった。
加工技術だけでは生き残れない次の一手は何か
由紀精密は、神奈川県茅ヶ崎市にある社員20 名の中小製造業である。航空機や医療機器向けの高品質な精密部品加工を強みとしている。国内メーカーからの受注が年々減少している中で、海外メーカーからの受注を目指し、ここ数年は、積極的に欧州の展示会に出展してきた。
図3は、同社の過去10 年の売上の推移を示している。IT バブル崩壊の後遺症が残る2002 年以降、2009 年のリーマンショックでの落ち込みを除いて、売上げは順調に伸びている。ただし、ここで注目すべき点は、売上げを構成する新規顧客の割合である。2008 年以降に新規に取引を始めた得意先の
割合が、すでに50%を超えている。言い方を変えれば、何も手を打たなければ、売上げは半分以下に落ち込んでいたということである。
創業者の3代目として同社に入社した2006 年以降、大坪はまず自社の強みは何かを、得意先の視点で再定義した。その結果として得られたキーワードが、「信頼性」である。同社に部品加工を依頼する多くの得意先企業は、長い年月の中で、納期や品質レベルに対して絶対的な信頼を置いていた。
一方で、大坪は、大手メーカーの購買部門からの注文以外に、研究開発部門や製造技術部門と一体となって進める部品加工のあり方を模索していた。つまり、注文が来るのを待つ“ 待ち工場” ではなく、最終製品の付加価値アップのために、メーカーと一体となって取り組む会社を目指そうというのだ。そこで生まれたコンセプトが「研究開発型」町工場である。
「信頼性」と「研究開発型」というこの2つのキーワードから必然的に導き出された答えが、航空宇宙産業であった。たとえば、航空機部品の場合、非常に高い品質が要求されると同時に、ひとたび受注が確定したら、あらかじめ決められた製造方法で、一切の例外なく同様な加工条件で、十年単位で繰り返し製品を作り続けなければならない。製造技術と共に、高度な管理技術が要求される。
航空宇宙品質規格であるJISQ9100 を取得した2010 年、大坪は、欧州進出への5年計画を立てた。
2011 年にパリ航空ショーへの出展、その翌年に現地オフィス開設など、現在の飛躍につながる大方針がこのときすでに固まっていた。
航空機部品製造のためのステップ
工程管理システムを整備
由紀精密の笠原真樹(写真2)は、入社が大坪より1年早いが、大坪とは中学、高校の同級生である。大学院では、航空材料の解析に関する研究を行っていたこともあり、航空宇宙産業には思い入れがある。入社早々から、社内の材料データベースを整備するなど、情報管理の仕組みの強化を進
めてきた。
2005 年当時に笠原が作った材料管理システムは、今でも健在であり、なくてはならない存在になっている。つまり同社では、7年間以上の材料の購買履歴、使用履歴がデータとして保持され、いつでも検索可能となっているわけだ。こうした仕組みは言うまでもなく、自動車、医療機器、そして航空宇宙などの分野におけるトレーサビリティ機能として、なくてはならないものである(図4)。
笠原が次に手掛けたのは、工程管理システムである。一般的に、部品加工では、前加工、後加工、そして、仕上げおよび検査といった複数の工程を経て得意先へ出荷される。それぞれの加工は、工場にある30 種類以上の装置によって加工される。
個々の受注案件ごとに、どの装置で誰がいつどのような加工条件で加工するかを管理することで、トレーサビリティのみならず、納期管理、稼働率管理、原価管理など、さまざまな情報活用につながる。ただし、20 人規模の中小製造業で、こうした管理ができている企業は、ほとんどない。
けれども、航空宇宙品質規格であるJISQ9100 を取得するためには、受注から出荷に至るまでの社内業務プロセスを整備し、お客様に納入する部品が常に要求品質を満たしていることを保証できなければならない。そのためには、案件単位、ロット単位の品質管理は必須であり、実際の加工方法と検査結果を管理するIT システムで、膨大なデータを管理しなければならないのだ。
量産品やリピート品の割合が徐々に減少するにしたがって、由紀精密では受注案件ごとに図面から個々に製造工程を設定し、作業指示書として現場に図面と共に差立てる方式を採用するようになった。現場の作業者は、担当する装置ごとに棚に配置された指示書を取り、製造に着手する。そしてそれ以降、この作業指示書は現品票として、ワークと共に出荷、検査場まで送られる。
笠原が入社した2005 年当時は、こうした社内の管理業務は、1人のベテラン社員が一手に請け負っていた。当時は、すでに外部に委託して構築した受注管理、出荷管理、そして工程管理のシステムが稼働しており、ベテラン社員は、そのシステムの一番の使い手であった。しかし、笠原が入社した数カ月後、長期入院のため一切の業務ができなくなってしまうというトラブルに見舞われた。
受注管理や出荷管理については、定型的な業務であるため、それまでの仕組みでも十分運用していくことができる。しかし、工程管理システムについては、個々の得意先ごとにきめ細かな対応が必要となる。特に、量産型の部品加工から、小ロットで個別受注の案件が増えるにつれ、より使い勝手の良いシステムが早急に必要となった。
社内業務、特に工程管理の業務に関する理解もままならないまま、笠原は前任者から突然バトンを引き継ぐ格好となった。しかし彼には同社が得意とする切削加工に関する経験はない。途方に暮れる笠原にとって、非常に強力な味方となったのが、加工データであった。工程管理システムに、これまで現場が実施してきた多くの加工データが残されていたのだ。
「このデータがあれば、工程管理のための基本情報(マスター)が作れる。心臓部さえ移植すれば、あとはなんとかなるだろう」。笠原はその時の心境をそう語る。そして実際に、笠原は職人である現場の担当者から1つずつ加工工程のイロハを学ぶと同時に、前任者が残したシステムから、業務の多くを習得して行ったのだ。
材料管理の仕組みを構築した笠原は、大坪の入社を待って、工程管理システムの再構築に着手した。社内の業務をより効率化し、現場の作業者がより良い環境で仕事ができるようにするには、どのようなしくみが必要か。笠原と大坪は、日々議論を繰り返しながら、さまざまなアイデアを実際の仕組みとして落とし込んでいった(図5)。
笠原が入社するまでの業務システムを第1期の業務システムと呼ぶことにすると、この時期の取組みは、第2期の業務システム開発ということになる。ただし、システム開発とはいっても、それぞれの日常業務をこなしながらの並行作業であり、データの入力画面や表示画面なども、少しずつ改良を加えていくという地道なものである。
2007 年ころより本格的な運用が始まった第2期の工程管理システムには、さまざまな工夫が実装されている。まずは、本格的なトレーサビリティを可能にするため、工程マスターを整備し、すべての受注案件に対応して装置単位の作業指示書を個別に発行可能とした。一方で、それらの受注情報は、現場作業者が担当する装置単位で、一覧にして見ることが可能となった。つまり、作業指示書が実際のワークとともに手元に来る前に、数日分の作業負荷の見通しが立てられ、加工の段取りを先行して行うことができるようになったのだ。
より良いシステムによって業務の流れを加速する
第2期の業務システムを構築するために笠原が好んで利用したツールは、市販のデータベース管理ソフトである。業務担当者がみずから画面や帳票を設計できる機能を持つと同時に、データベースに関する多少の知識があれば、業務システムを自ら構築できる。さらに、笠原のようにプログラミング技術も併せ持っていれば鬼に金棒である。
多くの製造業では、特に生産管理システムなど、現場のモノづくりに直結した情報システムの構築が失敗に終わるケースが多い。一般的な事務系のシステムでは、仕様通りに動くシステムが良いシステムだと言えるのに対して、現場系の立場で考えるシステムでは、“ 良いシステム” の定義が異なるからだ。
図6に示すように、現場で使われるシステムでは、特に使い勝手が要求される。現場作業にとっては、データの入力や取出しは、付加価値を産まないムダな作業だからである。そして、さらにそうしたシステムは、現場の業務カイゼンや、ビジネス環境に合わせた業務モデルの改変に合わせてつねに拡張できなければならない。小規模な企業の場合は、柔軟で小回りのきく仕組みを得るためには、自分たちで作るしかない。
気が付くと、社内には受注管理システム、見積管理システム、工程管理システム、材料管理システム、CAD/CAM データ管理システム、そして出荷管理システムなどが、それぞれ別々の仕組みとして出来上がってしまった。
「個別の機能がいくら充実していても、会社としての業務全体の流れがつながっていない。同じデータをそのシステムごとに何度も入力している現状では、今後さらに受注件数が増えたら対応できなくなるだろう」。リーマンショックによる受注の落ち込みの中で、多くの製造業が先の見通しを立てられないでいた2009 年、2人はすでに問題のありかを見抜いていた。航空宇宙品質規格JISQ9100の取得をも視野に入れ、社内業務の一元化、データ活用による効率化とトレーサビリティ、そして信頼性をより高めるための品質保証の仕組みをより充実させるため、新たな“ データ連携の仕組み”づくりに乗り出した。
筆 者:西岡靖之 にしおか やすゆき
デザイン工学部 教授 博士(工学)
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