海外進出:求職者に採用内定を出したら、労働契約が成立する?
日本の企業が海外進出する際、気を付けるべきことに、採用プロセスと雇用法の問題があります。
日本での採用プロセスをそのまま現地で行ってしまうと、現地の法律に違反している可能性があるので注意が必要です。
まず日本の場合について見ていくことにしましょう。
従業員採用は多くの企業で行われており、たとえば新卒採用のように、即採用せず“内定”を出している企業も少なくないでしょう。
万が一、内定を出した後の顔合わせの席で“こういう人を採りたいわけではなかった!”と判明した場合、内定を取消すことはできるのでしょうか?
<内定取消しは事由が限定される>
採用内定の際、ほかに手続が予定されていなければ、内定通知により(始期付・解約権留保付とはいえ)労働契約が成立します。
そのため、通常解雇よりは有効になりやすいとはいえ、以下の要件を両方満たす場合しか内定を取消すことはできません。
1. 当初知ることができないような事実が判明した場合
2. この事実からして、その者を引き続き雇用しておくのが適当でないと客観的にいえる場合
要するに“よくよく話してみたら思っていた人柄ではなかった”とか“業務に影響のない事項を秘匿していたことが判明した”などの理由では、内定取消しが無効になるのです。
最近では、これに似た問題で採用内々定というものもあります。
採用内々定については、『契約締結までの過程に過ぎず、将来労働契約を結ぶための予約程度の意味しかない』と一般に解されているため、原則として“内定とは違う”という見方が一般的です。
結局、内々定といっても、採用することを明確に伝えたり、通知を受けた人が他の就職先を断ったりしてしまえば、内定取消しと同じ話になります。
そのため、採用の意向を伝える際には、通知を受けた人が採用をどの程度期待するかという観点から、慎重に判断しなければならないのです。
次にアメリカの場合について見ていくことにしましょう。
アメリカでは一般的に採用予定者にオファーレターを作成するケースが多く、このオファーレターが日本でいう内定にあたります。
オファーレターには入社予定時期、従事する業務、報酬、休暇、労働時間等の条件が記載されており、これに署名する形で内定が成立します。
<企業が“内定”を取り消しできるケース>
アメリカのほとんどの州には、あらゆる状況下で従業員を解雇することができる「employment at will」 という概念があります。
「employment at will」とはアメリカ合衆国労働法の用語で、雇用契約は企業・従業員どちらからでも、いつでも、自由に解約できるという原則です。
例えば、犯罪歴があった場合や経歴を偽っていた場合、薬物検査で陽性反応が出た場合など様々な状況において、採用を取り消しても法的責任に問われないことが多いです。
何らかのハンディキャップがあり、会社がそれに対応できないことが合理的に正当化された場合には、ハンディキャップを理由に内定を取り消すことも可能です。
それ以外にも、経営状況の悪化を文書化できた場合には、法的影響を受けることなく解雇したり内定を取り消すことができます。
ただし、いくつかの州では内定が取り消されたことにより採用予定者が損害を被った場合、損害賠償が認められたケースがあるので注意が必要です。
<企業が“内定”を取り消しできないケース>
多くの理由で内定を取り消しできるアメリカですが、内定を取り消しできないケースもあります。
企業は、人種、宗教、性別、年齢、国籍などの差別的理由により内定を取り消すことはできません。
それだけでなく、内定者や従業員は差別を受けていると感じたら法的保護を受けることができます。
<最近の動向>
2018年1月1日より、カリフォルニア州では新しい法律が施行されました。この法律は「Ban-the-Box」という市民団体による世界的な活動をきっかけに作られたもので、従業員5人以上の企業は採用における質問リストに逮捕歴や有罪判決歴についての項目を作ってはならないというものです。
いわゆる「Ban-the-Box」法はコネチカット州、ハワイ州、イリノイ州などではすでに施行されています。
宗教において少数派にあたる人々は、白人層と比べて逮捕率や犯罪率が高いという統計結果が出ています。
この法律は、宗教において少数派にあたる人々が、応募の初期段階で採用プロセスの中からはじき出されてしまうことを抑制しています。
もし採用内定後に経歴チェックを行い犯罪歴が見つかった場合は、有罪内容が職務に関連していれば内定を取り消すことは可能です。
ただし、犯罪歴が職務に関係ない場合に内定を取り消すには、雇用主として何らかの根拠を示す必要があります。
逮捕歴があるからといって有罪判決が出された犯罪を犯したとは限らないため、逮捕歴だけで内定を取り消すことは難しくなってきています。
また逮捕歴と犯罪歴は違うということも認識する必要があります。
アメリカと日本の例を比べてもわかるように、採用プロセスと雇用法の問題は進出する先の国によって大きく変わります。
後々大きな問題に発展させないためにも、必ず事前に確認しましょう。
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著者
小野 智博 / 弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所
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