有事のルール/その8
「迫り来る法改正の荒波−3」
●実態が今一つはっきりしないまま、鬨の声だけが遠くで聞こえていたアベノミクスの第三の矢=「成長戦略」=がいきなり放たれ、矢羽の唸りとともに、私共の頭上に降り注いで来た−このところの当局の動きには、正に怒涛のような一気呵成の圧力が感じられます。
円安、株高、デフレ脱却のそろい踏みで弾みを付け、一気に増税の基礎固めを成し遂げたその勢いに乗り、積年の課題解決に踏み込んだ−そんな印象を強く受けます。
●この度の民法(債権法=契約法)改正においても、その隠れた目的の一つとして、かつて、JISという世界基準になりうる工業規格を有しながら、外交力で遅れを取り、英仏の規格にデファクトスタンダードの地位を奪われた結果、国際取引上その基準であるISOに従わざるを得ない羽目と成ってしまった苦い経験=形を変えた関税障壁が立ちはだかっているのと同じことで、巨額の経費負担と欧州の戦略の前に打ちのめされた屈辱感は未だに払拭されていないとされる=から、他国に先駆け、標準モデルとなりうる改正民法を武器に、契約法制において世界基準のポジションを獲得しようとでもしているかのような、まるで江戸の仇を長崎で討つかの如き動きだ、とする声も聞こえて来る程です。
●実現性はさて措き、改正推進派の主張を見ると、その狙いがあるのは確かな様です。が、その事より、民法改正の動きにも現れている「成長戦略」の影、この耳触りの良い言い回しの裏には、非情ともいえる真の狙いがある事に十分注意しなければなりません。
即ち、これは次の恒等式によって成立するものに他ならないからです。
[成長戦略=成長が見込まれる事業・産業にヒト・モノ・カネの経営資源を集中的に振り向ける=成長見込みの無い事業・産業からは、これらの経営資源を速やかに撤収させる]−つまり、引導を渡すという事なのです。
●近頃、ローカル金融機関の越境営業や地域間連携が経済紙面を賑すケースが増えておりますが、これは成長戦略の「カネ」に関わる部分の具体的な動きの第一幕、次に控えるのが事業者(債務者)区分の一元化→貸付基準の厳格化→貸付先の絞込み+合せ技としての責任共有制度復活(100%保証協会付き融資→保証協会80%・プロパーBK20%に=前回の導入時には、万一の自己負担を嫌い、BKが一斉に貸し渋り・貸し剥がしに走る原因となった)−であり、その際に用いられる「ヒト」に関する振り分け基準が雇用増、賃上げ増等の成長性であるといわれています。
そして、その前提となるのが成長戦略に寄与する法改正やその施行あるいは新たな判例法理の展開という筋書きだと解釈すれば、今日の当局の動きが何となく腑に落ちるのです。
●月間60時間超え残業割増率を50%以上と定めた22年の法改正当時、引上げ時期の先送りを認めていた中小事業者に対し、今回発せられた28年4月適用開始宣言は、経団連へのベア直接要請と手法は異なるものの、小規模事業者にも実質的賃上げを促し、成長戦略の実現を図る、という目的−衣の下の鎧−が露わになったものだと思います。既に打っておいた法的布石が時を得て、水面下から顔を覗かせ始めたのです。
輸出型或いは海外拠点型事業者と異なり、アベノミクスなるものの恩恵に浴しているとは到底思えない国内中小事業者が、成長戦略の名の下で、今後益々苦境に追い込まれるのは目に見えています。
●「長時間労働の抑制」という政府のお題目が空念仏であれ何であれ、ただでさえ増税と取引上の力関係から、納入単価引き下げ圧力と販売単価抑制努力を強いられ、この不利な立場を時間で補うしかない側としては、このようなカネとヒト両面からの挟み撃ちを凌ぎ、耐え切る体力を養う為、当面の間、たとえ方便でも、25%増か35%増で収まる「休日労働」にシフトして活路を見出すしかない−という議論がついに出始めて参りました。
6月以降の、当局の出すシグナルをうっかりキャッチし損なわないよう、アンテナの感度を高めておく必要がありそうです。
有事のルール−まとめ/8「迫り来る法改正の荒波3」
著者/
常に決断を迫られる経営者。
私達は常に経営者の傍らでその背を支え続けます。